TOP /  TEXT

◆  SS ◆

僕とにいさまの秘密

 トントン、と小さな音が聞こえた気がした。
 扉を開けると、ジョセフィーヌちゃんが、不似合いな大きな剣を抱えて、ぴょこぴょこ跳ねている…

「うわーっ!完成したんだね?!」

 設計書どおりに作られた、僕の新しい武器。
 重そうなそれを受け取って、ジョセフィーヌちゃんにお礼を言う。

 すると差し出される小さなメモ。
 彼女の主人、レクスにいさまからの伝言のようだ。
 それも受け取り、並ぶ文字に僕は喜びも吹っ飛び頭を抱えた。

「………どうしたらいいんだ……?」

 ぼんやり考え事をしながら、僕は草原に向かう。
 出てきた黄色い蜂さんを、ぺしぺしっと叩いて卵を奪い取って。

「材料はこれでいいんだけど…うーん…」

 悩みながら街にもどってきて、自分の工房までの道のりを、とてとて歩いていると、灰色の鴉が描かれた看板が目に入る。
 
「…愛といえば、うん、そうだよ…うん…。」

 その工房の主がいることを祈りつつ、入っていった僕。

「愛に貴賎は無く、また愛の形は千差万別。」

 そんな言葉をくれた主…リアンさん。
 丁重にお礼を述べて。
 市場でオレンジを買ってきて、自分の工房で薬を調合する。
 
「………答えなんてわかんないけどさ…」

 リアンさんに借りた看護道具と特製の薬をもって、レクスにいさまの工房に向かった。

--------------

 にいさまの工房の扉をトントンとノックをすると、「勝手に入れ…」との声が聞こえる。
 扉を開けると、ジョセフィーヌちゃんが跳ねながら出迎えてくれた。
 
「おや、ルーシェ?もう答えがでたのか…?」

 なにやら調合中のにいさまは鍋から顔を上げると、いぢわるそうな笑顔でそういった。
 こちらに歩いてくるにいさまに調合のお礼をいいつつ、看護道具の準備をする。
 両手の薬指にリングをはめて……

「……おぃ…ルーシェ…それは……」

 あと3歩ぐらいで手が届きそうな距離で立ち止まるにいさま。

「だって「愛」でしょ、にいさま?」

 そう答えながら、僕は特製の薬を自分の唇に滑らせる。
 ふわっとあたりにオレンジのさわやかな香りが漂って。
 自画自賛したくなるような、いい出来の薬である。

「……ちょっと、まて。……落ち着け、ルーシェ。」

 困ったような表情で、後ずさろうとするにいさまとの距離をつっと詰めて。
 僕はにいさまの頭を捕まえようと、両手を伸ばした……
 
--------------

―――ガシャン………ドン………ドガッ……


「…っぅ……にいさま、大丈夫です……?」

「…つぅ……
 大丈夫なわけがないだろう……。全く……」

 不機嫌そうな声のにいさま。
 いつもどおりの様子に、少し安心しつつ。

 床に転がる僕、そしてその上に、にいさま。
 僕の手を払いのけようと、とっさに出したにいさまの手。
 一瞬早くにいさまの耳に手を伸ばしていた僕。
 
 その結果、にいさまの眼鏡が、僕の手に当たって派手な音を立てて床に落ちた。
 それをあわてて拾い上げようとした、にいさまはバランスを崩し、僕にぶつかり…
 
 ……さすがに、ほぼおんなじ体格のにいさまを抱きとめることはできなかった、というわけで。

 持ちこたえられなかった僕は、そのまま床に倒れこんだのだった。

「とりあえず、どいてくださいっ…
 さすがに、にいさまごと起き上がれませんから…」

 僕の胸の辺りにあるにいさまの頭を起こすために、両手を伸ばした瞬間、僕の両手にはめた看護道具がふわっと光った。
 ちょうどにいさまの両耳に道具が触れたのだろう。

「あ、ちょうどいいや。にいさま、ちょっとじっとしててください…」

 自分の魔力をこめると、さらにその光は強くなる。

「おいっ…………どさくさにまぎれてなにしてるっ…」

 僕は意識をリングに集中させ、にいさまの頭のてっぺんに唇を寄せた。
 オレンジの爽やかな香りと柔らかな光が僕らを包んだ……

--------------

「……ルーシェ、こっちを見るな。……しばらく目をつぶってろ…」

 多少のアクシデントがあったものの、無事、看護が大成功。
 起き上がったにいさまは、眼鏡を探す間、僕にそんなことを命じた。

「いや、でも、眼鏡ないと見えないでしょ…?僕がさがすから…」

 そういった僕を、うるさいっ、と一蹴するにいさま。
 これ以上機嫌を損なわないように目を閉じる。
 
「もういいぞ。
 ……おい、いつまで床に座っているんだ。お茶ぐらいなら出すから、椅子に座れ。」

 いつもどおり眼鏡をかけたにいさまは、いつもどおりの口調で、いつもどおりやさしかった。

 ただね…目を閉じる前に…ちらりと見えた、眼鏡のないにいさまの横顔……
 それがね…
 天使がそこにいるのかと思うくらい、きれいな顔立ちだったんだ。
 
 でも、僕はいつものにいさまが大好きだから。

 みんなには秘密にしておこうと思うんだ……



TOP /  TEXT