とあるお店で、すごい鎧が破格の値段で売り出されていたんだ。
堅実主義、っていうか、貧乏性っていうか…
ま、そんな僕もその掘り出し物に心が揺らいだわけで。
今、使っている装備に不満があるわけじゃないんだ。
大概の魔物ならば、容易に退けることができるし、危険な地に赴くときには、やさしい先輩に装備を貸してもらえるしね。
で、お友達や先輩に相談して、じっーと考えて。
思い切って新しい装備を作ることにした。
そしてその準備に追われる最中、こんなものが届いたんだ。
〈ねこぱん。(蒸し〉食品(5)/23/9/0/甘/クッキー系。
猫の顔の形に塑性したパン生地を蒸したモノ。
食べるとなぜか尻尾が伸ばしたくなる
コレットさんから届いた、かわいらしくおいしそうなお菓子。
すっごくうれしくて、ここぞ、という調合の前に食べようと、大事にしまっておいた。
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やさしい先輩、七森さんに装備を借り、湿地で入手した牙。
船にのって海で採ってきた水のマナ。
新しい武器の強化素材はそろった。
実は一度失敗しちゃったんだよね。
そこで……コレットさんからのお菓子を食べて、がんばろっと思ったわけ。
香草茶をいれてっと…いただきまーす……
「うわっ?!…にゃー…にゃ???――耳が…?」
食べ終わったとたん、身体が熱くなる…特に…耳と…お尻の辺りが…
蒸して作られた料理は調合に必要な技力が漲るんだけど……
なにやら身体に変化があるなんて…コレットさんってば何を入れたんだろう…?
あわてて鏡をみれば、僕の耳はコレットさんやカルラさんのような猫耳…
そして、ズボンの上からお尻を触ればなにかがある…尻尾……だろうか…
窮屈な感じがするので、なんとなく先の方をズボンから出してみる。
手を伸ばして耳をなでてみると、いつも二人をなでるような触覚。
そして……なでられたときの感覚まで味わえてしまう。
……きもちい…触覚も感覚も……
「しまった。調合するのにゃっ!
……うにゃ…?なんか口調がへんなようにゃぁ…」
そんな無限ループにはまりそうな僕の目の前に準備された素材が目に入り、本来の目的を思い出したのだった。
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「お帰り。無事完成したんだね?」
自分の分と、七森さんへの装備を借りたお礼用の強化素材は完成した。
さっそくとばかりに七森さんのところに届けにきたわけで。
七森さんは、姿の変わっている僕に驚きはせず、なにやらうずうずした様子で、そんな言葉をかけてくれた。
「いいのにゃ。どーせ暇だから。」
まだ口調が変なことに僕も気がついたけど。
でも、七森さんと話しているうちに、だいぶ元に戻ってきた。
きっと効果時間があるんだろうな、と気がつき、耳が変わっているうちにコレットさんに見せにいこう、と思い立った。
七森さんに丁寧にお礼を言って、その足でコレットさんの工房に向かって歩き始める。
なんだか走り出したくなるのはなぜだろう…これも不思議なお菓子のせいだろうか…
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昼下がりののどかな日差しを感じつつ、石畳の道を歩く。
にぎやかな街をしばらく歩くと、淡いオリーブグリーンに紫で『Colette's atelier』と刻まれた看板がかけられた、コレットさんの工房の扉がみえた。
ここにくるのは久しぶり。
最近、コレットさん湿地で死霊と対決しているらしく、あまり街にいないんだよね。
今日はいるといいな、なんて思いながらトントンとノックする。
程なくして開いた扉。
中から飛び出してくる小柄な少女……そして、こちらが言葉を発する前に…
「はわわっ!? ルーシェさんも猫さんになったのですね!」
飛び出してきた勢いのまま、僕の胸に飛び込んでくる身体を受け止める。
いつもどおりといえば、いつもどおりなのだが。
擦り寄るように押し付けられる、その小さくやわらかい感覚が、コレットさんだなぁっと感じられて、自然と笑顔になってしまう。
「コレットさん、お菓子ありがと。おいしかったんだけど…
食べたらなんだか…耳と尻尾が…」
目の前に見える少女の猫耳に、つっと手を伸ばし、いつものようにやさしくなでながら、つぶやく僕。
そんな僕に、コレットさんは僕の胸から見上げるように顔を上げると、満面の笑顔とななり…
「えっへん。
魔法のねこぱん。なのですっ!食べると猫になるのですっ!」
得意げにそういって、仲間なのですっ♪なんて微笑まれると…先にいってよ…とか思いつつも、喜んでくれれば、そんなことどうでもいいような気になる。
僕の腰に腕を回し、甘えるように胸に右の頬を押し付けるようにぎゅっと抱きつくコレットさん。
彼女の耳はちょうど僕の目の前に見える。
髪と同じ色の柔らかな黒い毛皮に包まれた猫耳が、ぴくんと動いたことに気がついた。
それを見た瞬間、なぜだか、僕の尻尾が動いた気が、した。
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――はむっ…
僕は衝動的に…コレットさんの猫耳の先端を…齧っていた。
いや、もちろん歯は立ててないよ?
「は、わ……ぁぅ……ぁ……」
驚いたようにぴくんっと跳ねるコレットさんの身体。
逃がさないとばかりにぎゅっと抱きしめる。
ほんのりあったかくて、やわらかい猫耳が唇に当たる感覚は、こう…なんというか、すばらしく心地のよいもので。
すぐ離してしまうのは、とっても惜しい。
「……痛かったり、気持ち悪かったりする?」
コレットさんの猫耳に唇を寄せたまま、内緒話をするように聞いてみる。
「……そんなことは…ないです…けど…」
くすぐったがるように、胸に額を押し付けふるふるっと首を振り、ぎゅっと、小さな手が僕のパーカーを握り締める。
その仕草がとってもかわいらしくて、もっと見たい、って気持ちがむくっと湧き出た。
「じゃ、やめない…」
すこしだけ舌を差し出して、耳の淵をなぞるように、唇をつっと滑らせる。
耳の外側の黒と内側のさらに柔らかな白との境界。
唇に感じる心地よさに、僕はうっとりする……
「ひゃう………ルーシェ…さん…それ…だめですぅ…」
切羽詰ったような、泣きそうなコレットさんの声。
なんだか、こう…もっといぢわるをしたくなるような、なんというか…
「コレットさん、すっごくかわいい…」
柔らかな場所を求めるように、内側の白毛皮に唇を寄せ、思ったことをそのまま…吹き込むように伝えた…
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――へにゃ
僕にしがみついていたコレットさんが崩れ落ちるように脱力した。
あわててしっかりと支えるように、抱きしめなおす。
そして、我に返る僕。
………工房の入り口で、僕、何してるんだ?!
かーっと、頬に血が流れるのを感じつつ…
くてっ、としたコレットさんを抱き上げ、あわてて工房の中に入る。
コレットさんをソファーに横たえ、水でも汲んでこようと、身体を起こすと…何かに引っかかったような気がした。
コレットさんの手が、僕のパーカーを握り締めたまま、ってことで。
結局捕まえていたつもりで、捕まっていたのかもしれないと気がつき、コレットさんのすごさにくらっときて。
このまま、その手をパーカーから離したくない気分になる。
お水はあきらめて、再びコレットさんをそっと横抱きに抱き上げる。
そして、そのまま、ソファーに座って。
彼女の目が覚めるまで、こうしていよう、と。
小さな身体の暖かさを感じて、彼女の規則正しく静かな呼吸を聞いていると、だんだん僕も眠くなってくる。
寝顔を覗き込んで、彼女の赤い小さな唇にどきっと…した。
………コレットさんって、女の子、なんだよね…?
うららかな昼下がり、日の差し込む窓辺のソファーで。
少年は抱き締めた小さな暖かな存在が、何よりも愛しく。
湧き上がる感情に戸惑いつつも、眠りに引き込まれていく。
その感情に名をつけるなら、恋情、と呼ぶものだと…
少年が気がついたかどうかは、神のみぞ知る。